ヒルデブラントおじいさん
グリム童話
とある村のはずれに、働き者のお百姓さんと、その奥さんが住んでいました。お百姓さんは毎日畑仕事に精を出していましたが、奥さんはこっそり、村の牧師さんと仲良くしていました。
ある日のこと、奥さんは「ああ、なんだか頭が痛くて、お腹もしくしくするわ。私、病気になっちゃったみたい」と言い出しました。実はお百姓さんに家を空けてもらい、牧師さんと二人きりでごちそうを食べるための嘘だったのです。
心配したお百姓さんに、奥さんは「あなた、町のお医者様のところへ行って、お薬をもらってきてちょうだいな」と頼みました。
お百姓さんは急いで町へ向かいました。ところが、そのお医者さんというのは、なんと牧師さんが変装した姿だったのです!牧師さんはもっともらしい顔で、「うーむ、これは珍しい病じゃ。治すには、遠い山のてっぺんに住む『ヒルデブランドじいさん』のところへ行って、不思議な力を持つ『ネズミのヒゲ』を一本もらってこなければならん」と言いました。
お百姓さんは「そんなもので治るのかいな」と首をかしげましたが、奥さんのためならと、すぐに山へ向かいました。
山道をえっちらおっちら登っていると、向こうから大きなバスケットを持った牧師さん(今度はいつもの服です)が、ご機嫌な鼻歌を歌いながらやってくるではありませんか。
お百姓さんは、とっさに大きな木の陰に隠れました。
牧師さんは楽しそうにこう歌っていました。
「奥さん病気のふりしてる、旦那は山へとことことこ。
ヒルデブランドじいさん探しに、今ごろ迷ってうろうろろ。
ごちそういっぱいバスケット、鶏肉焼いてワインもぐびり。
二人で楽しく宴会だ、旦那は知らずにあとからしょんぼり!」
これを聞いたお百姓さんは、びっくり仰天!「そういうことだったのか!まんまと騙されたわい!」
お百姓さんは急いで家へと引き返しました。そして、こっそり家の中に入ると、大きな暖炉の陰にそっと隠れました。
まもなく、牧師さんがやってきました。奥さんと牧師さんは、テーブルにごちそうを並べ始めました。
「あの間抜けな旦那、今ごろヒルデブランドじいさんを探して、山の中をさまよっているわよ」と奥さんが笑います。
「まったくだ。おかげで我々はこうしてごちそうにありつけるというわけだ。乾杯しようじゃないか!」牧師さんも上機嫌です。
そのときです!暖炉の陰からお百姓さんがむっくりと現れました。
「ほう、わしが間抜けだと?ヒルデブランドじいさんは、ここにいるぞ!」
お百姓さんは、そばにあった大きなほうきを手に取りました。
奥さんは「ひゃあ!」と叫び、牧師さんは食べていた鶏肉を喉につまらせて「ゲホゲホ!」
「よくもわしを騙してくれたな!」お百姓さんがほうきを振り上げると、牧師さんは泡を食って窓から飛び出し、蜘蛛の子を散らすように逃げていきました。もう二度と、その家の敷居をまたぐことはありませんでした。
奥さんはブルブル震えながらお百姓さんに謝りました。お百姓さんは、ため息をつきながらも奥さんを許してあげました。
それからというもの、奥さんは心を入れ替え、真面目な奥さんになったということです。そしてお百姓さんは、時々「ヒルデブランドじいさん」の歌を思い出しては、一人でくすくす笑うのでした。
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