にわとこ母さん
アンデルセン童話
あるところに、風邪をひいてベッドで寝ている小さな男の子がいました。お母さんが、「これを飲むと、きっとよくなるわよ」と言って、あたたかいお茶をカップに入れて持ってきてくれました。それはニワトコの花から作ったお茶で、湯気からはとってもいい匂いがしました。
男の子がお茶をふーふーしながら飲んでいると、なんだか眠くなってきました。そして、お茶の湯気がもくもくと立ちのぼって、目の前にふわりと優しいおばあさんが現れたような気がしました。あれ、夢を見ているのかな?
気がつくと、男の子は大きなニワトコの木の下に立っていました。木には、星みたいな白い小さなお花がたくさん咲いていて、葉っぱはそよそよと風に揺れています。「あら、坊や。よく来たわね」と、木の中から優しい声がしました。びっくりして見上げると、なんとニワトコの木が、ゆっくりと着物を着たおばあさんの姿に変わっていくではありませんか! それが、ニワトコのお母さんでした。
「わたしはね、ここでずーっと昔から、たくさんのことを見てきたのよ」と、ニワトコのお母さんはにっこり笑って言いました。
そして、男の子にいろいろな景色を見せてくれました。
ある春の日には、この木の下で、生まれたばかりの赤ちゃんを抱いた若いお母さんが、それはそれは嬉しそうに笑っていました。赤ちゃんの小さな手が、ニワトコの葉っぱにそっと触れていました。
またある夏の日には、ピカピカの服を着た花嫁さんと花婿さんが、この木の下で手をつないで、ずっと一緒にいようね、と約束していました。周りにはお祝いする人たちがいっぱいです。
秋には、子どもたちがこの木の下でかくれんぼをしたり、木の実を拾ったりして、楽しそうに遊んでいました。笑い声がこだましています。
そして、冬が来て雪が降ると、悲しいお別れもありました。誰かが遠いお空へ旅立つのを、みんなが涙で見送っていました。でも、ニワトコの木は、その人たちのこともちゃんと覚えていました。
「嬉しいことも、ちょっぴり悲しいことも、みんな大切な思い出なのよ。わたしは全部、この葉っぱ一枚一枚に、お花一つ一つに覚えているの」とニワトコのお母さんは優しく言いました。男の子は、まるで自分がその場にいるみたいに、たくさんの人の笑顔や涙、そしてニワトコの木の優しい緑の葉っぱや白いお花を、夢の中で見続けました。
朝になって、男の子が目を覚ますと、なんだか体がすっきりしていました。風邪も少し良くなったみたいです。
窓の外を見ると、お庭の隅にニワトコの木が静かに立っていました。まるで夢で会ったニワトコのお母さんが、「おはよう」と手を振ってくれているようです。男の子は、あの不思議であったかいお茶と、ニワトコのお母さんが見せてくれた素敵な夢のことを、きっとずっと忘れないだろうと思いました。
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