• 雷雨雲の絵

    アンデルセン童話
    高い高いお城の、いちばん上の部屋に、ひとりの王子さまが住んでいました。
    王子さまは、欲しいものは何でも手に入りました。おもちゃも、お菓子も、ピカピカの剣も。でも、なんだかいつもつまらなそう。「もっと何か、面白いものはないかなあ」と、毎日ため息をついていました。

    ある日、王子さまは窓から下を見下ろしました。お城の下には、小さな家がたくさん並んでいます。その町のはずれに、王子さまは一人の可愛らしい女の子を見つけました。女の子は粗末な服を着ていましたが、太陽みたいに明るい笑顔で、花に水をやっていました。
    「そうだ!」王子さまは手を叩きました。「あの女の子を、お城へ連れてきなさい。まるで美しい絵のように、ぼくのそばに飾っておきたいのだ。」

    すぐに女の子はお城にやってきました。きれいな絹のドレスを着せられ、キラキラ光る宝石を飾り、おいしいお菓子をたくさんもらいました。でも、女の子は少しも嬉しそうではありません。いつも窓の外をぼんやりと眺めて、小さな声で言いました。「おうちに帰りたいな。お父さんやお母さんに会いたいな。」
    王子さまは不思議でたまりません。「どうしてだい?こんなに素敵なものをたくさんあげたのに。お城は楽しくないのかい?」
    女の子は首を横に振るばかりでした。

    そんなある日のことです。空が急に真っ暗になり、大きな大きな黒い雲がもくもくとやってきました。ゴロゴロゴロ…ピカッ!稲妻が走り、ザーザーと激しい雨が降り出しました。雷雨雲です。
    王子さまは、窓に駆け寄りました。ちょうどそのとき、雲の切れ間から、一筋の稲妻が女の子のいた町をパッと照らしました。
    そこには、女の子の小さな家が見えました。雨戸は閉まっていましたが、窓からは温かい光がもれています。家の中では、お父さんやお母さん、きょうだいたちが、ろうそくの灯りの下で楽しそうに笑い合っているのが、まるで絵のように見えました。貧しいけれど、とても温かそうな光景でした。

    王子さまは、はっとしました。「そうか…」
    王子さまは、女の子が欲しかったのは、高価なドレスやお菓子ではなく、家族と過ごすあの温かい時間だったのだと、そのとき初めて気づいたのです。雷雨雲が見せてくれた一瞬の「絵」が、王子さまに大切なことを教えてくれました。

    次の日、王子さまは女の子を自分の家に帰してあげました。女の子は飛び上がって喜び、何度も何度もお礼を言いました。
    王子さまは少し寂しくなりましたが、雷雨雲が見せてくれたあの「絵」は、いつまでも王子さまの心の中に残り、本当の幸せとは何かを、静かに語りかけてくれるのでした。

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