• バルドルの死

    北欧神話
    神さまたちが住むアスガルドという場所に、それはそれは美しい王子さまがいました。彼の名前はバルドル。太陽みたいに明るくて、優しくて、誰からも愛されていました。花も動物も、バルドルがそばを通るだけで嬉しそうにするほどです。

    でもある日、バルドルは怖い夢を見るようになりました。自分が死んでしまう夢です。そのことを聞いたお母さんのフリッグは心配でたまりません。そこで、世界中のありとあらゆるもの――石ころから大きな木、動物たち、病気にまで、「どうかバルドルを傷つけないで」とお願いして回りました。みんな「いいですよ!」と約束してくれました。

    でも、たった一つだけ、フリッグがお願いし忘れたものがありました。それは、小さくて目立たないヤドリギという植物でした。「こんな小さなものが、まさかね」と思ったのです。

    いたずら好きのロキは、バルドルがみんなにチヤホヤされるのが面白くありません。おばあさんに変身してフリッグのところへ行き、ヤドリギのこと聞き出してしまいました。「しめしめ」とロキは悪い顔で笑います。

    それからというもの、神さまたちはバルドルに色々なものを投げて遊ぶようになりました。石でも剣でも、何一つバルドルを傷つけられないので、みんな大喜びです。バルドルもニコニコ笑っています。

    その様子を見ていたロキは、こっそりヤドリギで小さな矢を作ると、バルドルの目が見えないお兄さん、ホズルのところへ行きました。「君もバルドルに何か投げてみないかい?私が手伝ってあげるよ」と、ロキはホズルにヤドリギの矢を渡しました。ホズルは何も知らずに、ロキに言われるまま矢を投げました。

    すると、なんとヤドリギの矢はバルドルに当たり、バルドルは静かに倒れて、二度と目を覚ましませんでした。

    アスガルドは悲しみに包まれました。あんなに明るかったバルドルがいなくなってしまったのですから。お父さんのオーディンは息子のヘルモードに、「どうか冥界の女王ヘルにお願いして、バルドルを返してもらってきておくれ」と頼みました。ヘルモードは素早く馬スレイプニルに乗って、暗い冥界へと向かいました。

    冥界の女王ヘルは言いました。「もし、世界中の生きとし生けるもの全てがバルドルのために涙を流すなら、彼を返しましょう。」

    神さまたちは大喜びで、世界中にバルドルのために泣いてくれるよう頼みました。人間も動物も、木も草も、石ころさえも、みんなバルドルのために涙を流しました。

    でも、たった一人だけ、涙を流さない者がいました。それはソックという名前の女の巨人でした。「バルドルが死んだって、私には関係ないね」と冷たく言いました。実はこの巨人、ロキが変身した姿だったのです。

    たった一人でも泣かない者がいたので、バルドルはアスガルドに帰ることができませんでした。ロキの悪いいたずらは、やがてみんなに知られてしまいました。そして、アスガルドの光だったバルドルは、今も静かに冥界で眠っているのです。

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