フェンリルの束縛
北欧神話
空のずっと上、神様たちの国でのことです。いたずら好きのロキという神様には、フェンリルという名前の、とっても大きなオオカミの息子がいました。
フェンリルは、毎日ぐんぐん、ぐんぐん大きくなりました。最初は子犬くらいだったのに、あっという間に馬よりも大きくなり、しまいにはお家よりも大きくなってしまったのです!その力もものすごくて、神様たちはだんだん心配になってきました。「このままフェンリルが大きくなったら、手に負えなくなっちゃうぞ…」
そこで、神様たちはフェンリルを縛り付けてしまおうと考えました。
まず、とっても丈夫な鉄の鎖「レージング」を持ってきて、フェンリルに言いました。「フェンリルや、きみの力がどれだけ強いか試してみないか?この鎖、切れるかな?」
フェンリルは「ふん、朝飯前さ!」と、ちょっと力を入れただけで、バチン!と鎖を簡単に引きちぎってしまいました。
神様たちはびっくり。「なんて力だ!」
今度は、もっともっと頑丈な鎖「ドローミ」を用意しました。これはレージングの倍も強い鎖です。
「フェンリル、今度こそどうだ!これはもっと強いぞ!」
フェンリルは少しだけ本気を出して、うーんと伸びをすると、バキーン!ドローミもあっけなく壊れてしまいました。
神様たちはすっかり困ってしまいました。「どうしよう、普通の鎖じゃだめだ…」
そこで、オーディン神は、魔法の道具を作るのが得意な小人(ドワーフ)たちにお願いすることにしました。「どうか、絶対に壊れない鎖を作ってほしい!」
小人たちは不思議な材料を集めました。猫の足音、女の人のひげ、山の根っこ、熊の腱、魚の息、鳥の唾。そんな、普通じゃありえないようなもので、細くて柔らかい、まるで絹のリボンのような魔法の鎖「グレイプニル」を作り上げました。
神様たちはグレイプニルを持って、フェンリルのところへ行きました。
「フェンリル、また力試しをしよう。今度はこのリボンだ。こんなに細いんだから、君ならすぐに切れるだろう?」
フェンリルは賢いオオカミです。リボンがあまりにも細くて頼りないのを見て、逆に怪しいと思いました。
「なんだか変だな。もしこれが魔法の罠で、僕が動けなくなったらどうするんだ?」
神様たちは「大丈夫、大丈夫!もし君がこれを切れなかったら、すぐに解いてあげるよ」と言いましたが、フェンリルは信用しません。
「じゃあ、約束の印に、誰か一人の右手を僕の口の中に入れてくれ。もし僕が騙されたら、その手を噛み砕くからな」
神様たちは顔を見合わせました。フェンリルの口に手を入れるなんて、怖くて誰もできません。
その時、勇気のあるチュールという神様が前に進み出て、黙って自分の右手をフェンリルの大きな口の中に入れました。
フェンリルはグレイプニルで縛られました。そして、思いっきり力を込めて引っ張りました。
「うんしょ、うんしょ!」
でも、あれ?リボンはぴんぴんに張るだけで、少しも切れません。もっと力を入れても、体をねじっても、グレイプニルはびくともしないのです。
フェンリルは自分が騙されたことに気づきました。そして、約束通り、チュール神の右手をガブリ!と噛み砕いてしまいました。チュール神は片手を失いましたが、他の神様たちはフェンリルを縛れたことに大喜びしました。
こうして、恐ろしいオオカミのフェンリルは、世界の終わり「ラグナロク」が来る日まで、魔法の鎖グレイプニルで岩に縛り付けられることになったのです。そして、勇敢なチュール神は、それからずっと片手の神様として知られるようになりました。
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