• つぐみひげの王さま

    グリム童話
    あるところに、それはそれは美しいけれど、ちょっぴり、いえ、かなりわがままなお姫様がいました。お姫様は、どんな立派な王子様がプロポーズに来ても、いつもけちをつけて追い返してしまうのでした。

    ある日、お城で大きなお祭りがあり、たくさんの国の王様や王子様が集まりました。お姫様は、またいつものように、みんなの悪口を言い始めました。
    「あら、あの王様、おひげが曲がっていて、まるでツグミのくちばしみたい!そうだわ、『ツグミひげの王様』って呼んであげましょ!」
    その王様は、本当はとても優しくて立派な方だったのですが、お姫様はそんなことお構いなし。

    これにはお姫様のお父さんである王様も、とうとう怒ってしまいました。
    「もう我慢ならん!次にこの城の門を叩いた者に、お前を嫁にやるぞ!」

    数日後、城門を叩いたのは、みすぼらしい服を着た、笛を吹く男でした。王様は約束通り、泣いて嫌がるお姫様を、その男と結婚させてしまいました。

    お姫様は、笛吹きの男と一緒に、お城を出て行きました。歩いていると、美しい森が見えました。
    「ねえ、この素敵な森は誰のもの?」
    「ツグミひげの王様のものだよ。」
    次に、広い牧草地が見えました。
    「じゃあ、この緑の牧草地は?」
    「それも、ツグミひげの王様のものさ。」
    お姫様は、自分が馬鹿にした王様が、こんなに素晴らしいものを持っていたのかと、少し後悔しました。

    やがて二人は、小さな汚い小屋にたどり着きました。
    「ここが僕たちの家だよ。」と笛吹きは言いました。
    お姫様はびっくり。「こんなところに住むの?お手伝いさんはいないの?」
    「お手伝いさん?君が自分でやるんだよ。さあ、火をおこして、ご飯を作って。」
    お姫様は料理なんてしたことがありません。すすだらけになりながら、なんとか食事の用意をしました。

    次の日、笛吹きは言いました。
    「これからは、働いてお金を稼がないとね。君はかごを編んでごらん。」
    お姫様は柳の枝でかごを編もうとしましたが、指は痛くなるし、うまくできません。
    「もう、いやっ!手が痛いわ!」
    「じゃあ、糸紡ぎはどうだい?」
    でも、糸紡ぎも指が血だらけになってしまいました。

    「困ったなあ。君は本当に何もできないんだね。」と笛吹きはため息をつきました。「じゃあ、市場で壺を売ってみよう。」
    お姫様は、生まれて初めて市場に座り、壺を売ることになりました。最初は恥ずかしがっていましたが、きれいな壺は少しずつ売れていきました。
    ところが、そこへ、馬に乗った兵隊さんが勢いよくやってきて、お姫様が並べた壺をぜーんぶ、ガッシャーンと割ってしまったのです。
    お姫様は泣きながら家に帰りました。

    「仕方ない。今度は、お城の台所でお手伝いの仕事を見つけてきたよ。」
    お姫様は、お城のコックさんの下で、一番汚くて大変な仕事をさせられました。毎日くたくたになりましたが、失敗ばかり。時には、こっそり残り物をポケットに入れて持ち帰り、笛吹きと一緒に食べました。

    ある日、そのお城で盛大な結婚式が開かれることになりました。お姫様は、こっそり広間の入り口から中をのぞいてみました。きらびやかな服を着たお客さんたち、美味しそうなごちそう、そして、堂々とした花婿の姿。それは、なんとお姫様が「ツグミひげの王様」と馬鹿にした、あの王様でした。

    お姫様は、自分の今の惨めな姿が恥ずかしくて、逃げ出そうとしました。
    その時、ツグミひげの王様が、お姫様に気づいて近づいてきました。
    「おや、美しいお嬢さん。一緒に踊っていただけませんか?」
    お姫様はびっくりして、ポケットに隠していた残り物のパンくずが、床にぽろぽろとこぼれ落ちてしまいました。周りの人たちはそれを見てクスクス笑いました。

    お姫様は顔が真っ赤になり、逃げ出そうとしましたが、王様は優しくその手を取りました。
    「お姫様、私を覚えていませんか?あなたが『ツグミひげの王様』と笑った者ですよ。そして、あなたと一緒に暮らした貧しい笛吹きも、市場であなたの壺を割った兵隊も、実は私だったのです。」
    「えっ…?」
    「私は、あなたのわがままな心を直したかったのです。そして、本当のあなたを知りたかったのです。」

    お姫様は、今までのことを思い出して、涙が止まらなくなりました。
    「ごめんなさい、ごめんなさい…。」
    ツグミひげの王様は、優しくお姫様を抱きしめました。
    「もういいんだよ。君は大切なことを学んだのだから。」

    そして、二人は改めて盛大な結婚式を挙げました。お姫様は、もうわがままを言うことはありませんでした。だって、本当の幸せが何か、ちゃんとわかったのですから。そして、ツグミひげの王様といつまでも仲良く暮らしましたとさ。

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