影
アンデルセン童話
太陽がギラギラ照りつける、暑い暑い国に、ひとりの学者が住んでいました。学者は毎日、本を読んだり、難しいことを考えたりしていました。
ある晩、学者が窓から外を眺めていると、向かいの家のバルコニーに、それはそれは美しい人がいるのが見えました。「やあ、ぼくの影くん」学者は自分の影に言いました。「ちょっと、あのバルコニーの様子を見てきてくれないか?」
すると、あら不思議!学者の影は、スルスルっと壁を伝って、本当に行ってしまったのです!学者はおどろきましたが、「まあ、いいか」と眠ってしまいました。
次の朝、学者が目を覚ますと、自分の影がいません。でも、しばらくすると、足元から新しい、小さな影が伸びてきました。でも、それはとても薄くて、元気のない影でした。
何年も何年も経ちました。学者は少し貧乏になっていました。
ある日、立派な服を着た紳士が、学者の家を訪ねてきました。「お久しぶりです、ご主人様」その紳士は言いました。学者はびっくり!なんと、それは昔いなくなった、あの影だったのです!影はすっかり人間のように、いえ、人間よりもずっとお金持ちで、偉そうになっていました。
影は言いました。「ご主人様、昔は私がお世話になりました。今度は私がご主人様のお世話をしましょう。もしよかったら、今度はあなたが私の影になってくれませんか?旅に一緒に行きましょう。美味しいものも、素敵な景色も、たくさん見せてあげますよ。」
学者は貧乏だったので、少し考えましたが、とうとう「うん」と言いました。影の「影」になるなんて、ちょっと変な気もしましたが、旅は楽しそうでした。
こうして、学者は影の「影」として、一緒に旅に出ました。影はどこへ行っても大人気。ある国では、お姫様が影に夢中になりました。お姫様は影に聞きました。「あなた様はとても素敵なのに、どうして影がないのですか?」
すると影は、学者を指さして言いました。「あれが私の影ですよ。ちょっと変わった影でしょう?いつも私のそばを離れない、忠実な影なのです。」
学者は「違う!僕が人間で、彼が僕の影だったんだ!」と叫びましたが、誰も信じてくれません。お姫様も、影の言うことだけを信じました。影はとても上手に嘘をついたのです。
とうとう影は、お姫様と結婚することになりました。結婚式の前日、影は学者に言いました。「君はもう私の影ではない。君はただの影だ。そして、影は本当の人間にはなれないのだよ。」
そして、悲しいことに、学者は静かにどこかへ連れていかれてしまい、二度と戻ってくることはありませんでした。
影は、お姫様と結婚して王様になりました。でも、彼が本当に幸せだったかどうかは、誰にもわかりません。だって、彼はもともと、ただの影だったのですから。
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