釘
グリム童話
ある町に、いつも大いそがしの商人がいました。
その日も、大切な品物を馬に乗せて、遠くの市場へ向かっていました。「いそげ、いそげ! 今日はきっと、いい取引ができるぞ!」
パカパカ、パカパカ…馬は元気に走ります。
でも、しばらく行くと、なんだか馬の蹄鉄(ていてつ)の音がいつもとちがうような気がしました。
「ん? まあ、いいか。市場に早く着かなくちゃ!」商人は気にせず、馬を走らせました。
また少し行くと、道ばたで休んでいたおじいさんが言いました。
「もしもし、そこの商人さん。馬の蹄鉄の釘が一本、ゆるんでいますよ。このままだと危ないですよ。」
商人はちらっと見て、「大丈夫、大丈夫!たった一本の釘くらい、どうってことないさ。急いでるんだ!」と、またパカパカと行ってしまいました。
ところが、またしばらく行くと、今度は蹄鉄がカランコロンと音をたてて、道に落ちてしまいました。
「ああ、蹄鉄が取れちゃったか。でも、市場はもうすぐだ。なんとかなるだろう!」商人はそう思って、そのまま馬を進ませました。
しかし、蹄鉄がなくなった馬の足は、石ころだらけの道でだんだん痛くなってきました。
とうとう馬はびっこをひきはじめ、ついには一歩も歩けなくなってしまいました。
「こまったなあ…」商人はしかたなく、重い荷物を自分でかついで、とぼとぼと歩きはじめました。
市場に着いたころには、もう夕方。良い品物はみんな売り切れてしまっていました。
「ああ、たった一本の釘を気にしなかったばかりに、こんなことになっちゃった…」
商人はがっくりと肩を落としました。小さなことでも、ほうっておくと大変なことになるんですね。
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