• ものいうヒラメ

    グリム童話
    青い青い海が広がる、とある浜辺の近く。そこに、おじいさんとおばあさんが、それはそれは小さな小屋で暮らしていました。おじいさんは毎日海へ釣りに出かけます。

    ある日、いつものように釣り糸を垂れていると、ぐぐっと大きな手応えがありました。「やったぞ!大きな魚だ!」引き上げてみると、それは立派なヒラメでした。すると、びっくり!ヒラメが口を開いたのです。「もしもし、漁師さん。わたしは本当は魔法をかけられた王子なのです。どうか海へ帰してください。そうすれば、何かお礼をしますよ。」

    おじいさんは心優しい人だったので、「それはお気の毒に。何もいりませんよ」と言って、ヒラメを海に逃がしてあげました。

    家に帰って、おばあさんにこの話をすると、おばあさんは目を丸くして怒りました。「なんですって!せっかく魔法の魚を捕まえたのに、何もお願いしなかったの?このみすぼらしい小屋がいやだって、お願いすればよかったじゃないの!」

    おじいさんはおばあさんにせかされて、仕方なくまた海へ行きました。浜辺で「ヒラメさん、ヒラメさん、出てきておくれ!」と呼ぶと、ヒラメがひょっこり顔を出しました。「どうしましたか?奥さんは何とお望みで?」
    「それが…妻が、この小屋がいやで、もっと素敵な小さな家が欲しいと言っているんだ」
    「わかりました。帰りなさい。もう願いはかなっていますよ」とヒラメは言いました。

    おじいさんが帰ると、みすぼらしい小屋の代わりに、かわいらしい小さな家が建っていました。おばあさんは大喜びです。でも、二、三日もすると、おばあさんは不満そうな顔。「ねえ、おじいさん。こんな小さな家じゃなくて、石でできた立派なお城に住みたいわ。王様みたいにね!」

    おじいさんはためらいましたが、おばあさんの剣幕に押されて、また海へ。海は少し緑色っぽく、波も少し高くなっていました。ヒラメを呼ぶと、また出てきてくれました。「奥さんは今度は何とお望みで?」
    「それが…石のお城に住みたいそうだ」
    「わかりました。帰りなさい。もう願いはかなっていますよ」

    帰ってみると、そこには大きなお城がそびえ立っていました。召使いたちもたくさんいます。おばあさんは女王様気取りで大満足。でも、それも長くは続きません。「おじいさん、わたし、王様になりたいわ!この国を治めるの!」

    おじいさんは困りましたが、また海へ。海は暗い紫色になり、大きな波がザブーン、ザブーンと打ち寄せています。「ヒラメさん…妻が、王様になりたいと言っているんだ」
    「わかりました。帰りなさい。もう願いはかなっていますよ」

    おじいさんが帰ると、お城はさらに豪華な宮殿になり、おばあさんは金の冠をかぶって王座に座っていました。兵隊たちが周りを固めています。でも、おばあさんはまだ満足しません。「王様の上には皇帝がいるわ。わたしは皇帝になりたい!」

    おじいさんはもう怖くなってきましたが、逆らえません。海は真っ黒になり、嵐のように荒れ狂っています。船もひっくり返りそうです。「ヒラメさん…妻が、皇帝になりたいと…」
    「わかりました。帰りなさい。もう願いはかなっていますよ」

    宮殿はさらに巨大になり、おばあさんはきらびやかな服を着て、世界中の王様たちを従える皇帝になっていました。それでも、おばあさんの欲は止まりません。「皇帝の上には法王がいるわ!わたしは法王になる!」

    おじいさんは泣きそうになりながら、大嵐の海へ。空も海も真っ暗で、稲妻が光り、雷が鳴り響いています。「ヒラメさん…妻が…法王に…」
    「わかりました。帰りなさい。もう願いはかなっていますよ」

    おばあさんは、太陽や月まで従える法王のようになっていました。でも、それでも満足せず、ついにこう言いました。「おじいさん!わたしは神様になりたい!天気も、星も、全部わたしの思い通りに動かすの!」

    おじいさんは震えながら、今までで一番恐ろしい嵐の中を海へ行きました。波は山のように高く、空は裂けんばかりです。「ヒラメさん…妻が…か、神様に…なりたいと…」
    ヒラメは静かに言いました。「わかりました。帰りなさい。奥さんは、元の小屋に戻っていますよ」

    おじいさんがほうほうの体で家に帰ると、立派な建物は跡形もなく消え、そこには一番最初の、あの汚くて小さな小屋がありました。そして、おばあさんはその中で、ぼんやりと座っていました。
    それからというもの、おじいさんとおばあさんは、ずっとその小さな小屋で暮らしたということです。

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