• 柳の木の下の夢

    アンデルセン童話
    むかしむかし、というにはまだ新しいけれど、あるところに、大きな古い柳の木がありました。その木の下は、クヌートという男の子と、ヨハンナという女の子のとっておきの遊び場でした。

    クヌートは元気いっぱいの男の子。ヨハンナは、太陽みたいに明るい笑顔のかわいい女の子。二人はいつも柳の木の下で、おままごとをしたり、お話ごっこをしたりして遊びました。
    「ねえ、クヌート、大きくなったら何になりたい?」ヨハンナが聞くと、クヌートは胸を張って言いました。「うーん、ヨハンナを守る、かっこいい騎士かな!」
    「すてき!じゃあ、わたしはお姫様ね!」
    柳の葉っぱが風にそよそよと揺れて、二人の楽しそうな笑い声を聞いているようでした。

    ある日、悲しいことが起こりました。ヨハンナのお母さんが病気で遠いお空へ行ってしまったのです。そして、ヨハンナは遠い町の親切な奥様にもらわれていくことになりました。
    出発の日、クヌートは柳の木の下でヨハンナを待ちました。ヨハンナは目にいっぱい涙をためてやってきました。
    「クヌート、さようなら。でも、きっとまた会えるわよね?」
    「うん、絶対だよ!僕、ヨハンナのこと、ずっと忘れないから!」
    二人は柳の木に、また会えますように、とお願いしました。

    ヨハンナがいなくなってから、クヌートは靴屋さんの弟子になりました。毎日一生懸命働いて、立派な靴職人を目指しました。でも、夜になると、いつも柳の木の下で遊んだヨハンナのことを思い出しました。夢の中では、柳の木の下でヨハンナと笑い合っているのです。

    何年も経ちました。クヌートは腕のいい靴職人になりましたが、ヨハンナに会いたい気持ちは大きくなるばかり。とうとうクヌートは、ヨハンナを探す旅に出ることにしました。
    「ヨハンナ、どこにいるんだろう…」
    クヌートはいろいろな町を歩きました。そして、ある大きな賑やかな町で、偶然、美しい貴婦人を見かけました。その人は、きれいに着飾って、小さな子どもたちの手を引いていました。
    「まさか…」
    クヌートはドキドキしながら近づきました。その貴婦人は、大人になったヨハンナでした。
    「ヨハンナ!」
    クヌートが声をかけると、ヨハンナはびっくりした顔で振り返りました。そして、クヌートをじっと見つめましたが、すぐには誰だかわからなかったようです。
    「あの…どちら様でしょう?」
    クヌートは、昔の貧しい身なりの自分と、今の立派なヨハンナを見比べて、胸がぎゅっと痛くなりました。
    「いえ…人違いでした。すみません。」
    クヌートはそう言って、しょんぼりその場を離れようとしました。その時、ヨハンナが何かを思い出したように言いました。
    「もしかして…クヌート?まあ、こんなところで!」
    ヨハンナは少しだけ昔の笑顔を見せましたが、どこか遠い人のようでした。彼女はクヌートに少しのお金を渡して、「お元気で」と言って、子どもたちと行ってしまいました。

    クヌートは、もらったお金を握りしめて、とぼとぼと故郷の村へ帰りました。
    村に着くと、まっすぐにあの柳の木へ向かいました。柳の木は、昔と変わらず、そこに立っていました。
    クヌートは柳の木の下に座り込みました。目を閉じると、ヨハンナと遊んだ楽しい日々が、まるで昨日のことのように思い出されました。
    「ヨハンナ…会いたかったよ…」
    クヌートは、柳の木にもたれて、静かに眠りにつきました。まるで、子どもの頃のように、柳の木の下で、ヨハンナとの楽しい夢を見ているかのように。
    そして、クヌートは、そのまま安らかに息を引き取りました。

    柳の木は、その後もずっと、クヌートとヨハンナの小さな夢と、ちょっぴり切ない思い出を、優しい葉っぱで包み込むように、静かにそこに立ち続けているということです。風が吹くと、今でも二人の楽しかった頃の歌を、ささやいているのかもしれませんね。

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