• 木の精

    アンデルセン童話
    緑いっぱいの野原の真ん中に、それはそれは立派な栗の木が一本、空に向かってぐーんと枝を広げていました。
    その木の中には、木の精の女の子、ドリアードが住んでいました。ドリアードは、葉っぱのベッドで眠り、花の蜜を飲み、風の歌を聴いて毎日楽しく暮らしていました。彼女の髪は栗のいがのようにふわふわで、瞳は朝露のようにキラキラしていました。

    ある日、遠い街から飛んできた小鳥が、パリというキラキラした街の話をしました。「そこはね、夜でもお星さまみたいに明るくて、楽しい音楽がいつも聞こえてくるんだよ!それに、きれいな服を着た人たちがたくさんいるんだ!」
    ドリアードは、その話を聞いて、パリに行ってみたいなあ、と夢見るようになりました。木のてっぺんから見えるのは、どこまでも続く緑の野原と青い空だけ。パリはどんなところなんだろう、と想像するだけで胸がドキドキしました。

    そんなある時、大きな人間たちがやってきて、ドリアードの栗の木をパリへ運ぶことになりました。大きな博覧会というお祭りで飾るためだそうです。
    ドリアードはびっくり!そして、ちょっぴりワクワク!「パリに行けるんだわ!」
    でも、根っこから掘り起こされるのは、とっても痛くて苦しいことでした。それでもドリアードは、パリへの憧れでいっぱいで、じっと我慢しました。

    長い長い旅のあと、栗の木はパリの街の真ん中に植えられました。
    パリに着くと、本当にびっくり!夜なのに昼間みたいに明るくて、たくさんの馬車や人が行き交い、賑やかな音楽が鳴り響いています。ドリアードは目を丸くして、きらびやかなショーウィンドウや、美しい噴水を見ました。毎日がお祭りのようで、見るものすべてが新しくて、ドリアードは夢中になりました。

    でも、パリの空気はなんだか息苦しくて、土も乾いていました。太陽の光も、高い建物に遮られてあまり届きません。ドリアードの栗の木は、だんだん元気がなくなってきました。葉っぱは色あせ、枝もしおれてきたのです。
    ドリアードも、木と一緒に弱っていきました。あんなに憧れたパリでしたが、やっぱり故郷の野原が恋しくてたまりません。小鳥のさえずり、花の香り、優しい風…。パリの華やかさも素敵だけれど、ドリアードにとっては、静かで緑いっぱいの野原が一番の場所だったのです。

    「ああ、お家に帰りたいな…」
    ドリアードは、最後の力を振り絞って、目を閉じました。すると、目の前に広がるのは、緑の野原、キラキラ光る朝露、そして優しく揺れる自分の栗の木。ああ、なんて素敵なんだろう。
    ドリアードは、その美しい景色の中で、静かに微笑んで、そっと眠りにつきました。

    パリの街角に植えられた栗の木は、その後どうなったのでしょうね。でも、ドリアードが見た最後の夢は、きっといつまでも彼女の心の中で輝いていたことでしょう。

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