• 鐘の音

    アンデルセン童話
    むかしむかし、というほど昔でもないけれど、ある町のはずれには、それはそれは大きな森がありました。夕方になると、その森の奥深くから、リーンゴーン、リーンゴーンと、ふしぎで美しい鐘の音が聞こえてくるのです。

    町の人たちは、「あの音はどこから来るんだろうねえ」「きっと森の奥に、魔法の鐘があるんだわ」と、いつも話していました。でも、森はあまりにも広くて暗いので、だれも鐘を探しに行こうとはしませんでした。

    ある日、堅信礼(けんしんれい)という、子どもたちが少し大人になるための大切な日が近づいてきました。その日には、森の鐘の音を聞きに行くのがならわしだったのです。

    まず、ピカピカの銀のバックルがついた靴をはいたお金持ちの男の子が、元気よく森へ入っていきました。でも、すぐに「ああ、道が悪くて靴が汚れちゃうや。もう帰る!」と言って、戻ってきてしまいました。

    次に、パン屋の男の子が出かけました。お母さんが焼いてくれたおいしそうなケーキを3つもリュックサックに入れて。でも、森の入り口でおいしい匂いにつられて1つパクリ。少し歩いて、きれいな花を見つけてまた1つパクリ。とうとう鐘の音のことなんてすっかり忘れて、最後のケーキも食べ終わると、おなかがいっぱいで木の根元でぐうぐう眠ってしまいました。

    ほかにもたくさんの子どもたちが森へ入りましたが、ある子はチョウチョを追いかけて道に迷ったり、ある子は木の実拾いに夢中になったり、またある子は難しい本を読み始めてしまったりして、鐘の音のことはどこかへ行ってしまいました。

    でも、二人だけ、あきらめない子がいました。ひとりは、りりしい王子さまでした。もうひとりは、まずしいけれど、いつもにこにこしている男の子でした。

    王子さまは、「どんな困難があっても、鐘を見つけ出すぞ!」と、立派な馬に乗って森の奥へ。貧しい男の子は、わらじをはいて、自分の足でしっかりと森を進んでいきました。王子さまは途中で馬を降り、自分の力で進むことにしました。

    森はどんどん深くなり、太陽の光も届きにくくなってきました。それでも二人は、あの美しい鐘の音だけを頼りに進みました。

    そして、とうとう森の一番奥、大きな岩がゴロゴロしている開けた場所に出ました。ちょうど太陽が西の空に沈むところで、空も森も、まるで金色にかがやいているようでした。

    そのときです!リーンゴーン、リーンゴーン!
    今までで一番大きく、一番美しい鐘の音が、空の上から、そして森全体から響いてきたのです。

    王子さまと貧しい男の子は顔を見合わせました。でも、どこにも鐘は見当たりません。
    王子さまは、はっと息をのんで言いました。
    「わかったぞ!この森全体が、大きな大きな教会なんだ。太陽も、雲も、木々の葉っぱが風にゆれる音も、小鳥たちの歌声も、遠くから聞こえる海の音も…そのすべてが一緒になって、この素晴らしい鐘の音になっているんだ!」

    貧しい男の子も、にっこりとうなずきました。本当に、森のすべてのものが歌い、祈っているように感じられたのです。
    二人は手を取り合いました。世界で一番美しい音楽を聞いているような、あたたかくて、しあわせな気持ちになりました。

    あの不思議な鐘は、だれかが見つけ出すのを待っていたのではなく、美しい自然の音に耳をすませる人の心の中に、いつでも響いていたのかもしれませんね。

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