手のない少女
グリム童話
風がそよそよと吹く、小さな丘のてっぺんに、貧しいけれど正直な粉ひきが家族と暮らしていました。でもある年、仕事がうまくいかなくて、とうとう食べるものもなくなってしまいました。
ある日、粉ひきが森で薪を集めていると、きらびやかな服を着た不思議な男が現れました。「わしに、おまえさんの家の裏にあるものをくれると約束するなら、おまえを大金持ちにしてやろう」と男は言いました。粉ひきは「家の裏には古いいちじくの木しかないから、まあいいか」と思い、「はい、もちろんですとも!」と元気よく返事をしてしまいました。
家に帰ると、奥さんが「あなた、どこからこんなにたくさんのお金を手に入れたの?」とびっくり。粉ひきが事情を話すと、奥さんは真っ青になりました。「ああ、あなた!あの男はきっと悪い魔法使いですよ!家の裏にあるものって、私たちの可愛い娘のことですよ!あの子は今、ほうきで庭を掃いていましたから!」
三年後、約束の日がやってきました。あの男、実は恐ろしい悪魔だったのです!悪魔は娘をもらおうとしましたが、娘はとても心がきれいで、毎日ちゃんと体を洗っていたので、悪魔は近づけません。悪魔はカンカンに怒って言いました。「それなら、その娘の両手をよこせ!そうしないとお前たちをひどい目にあわすぞ!」
お父さんは悲しくてたまりませんでしたが、悪魔が怖くて、泣きながら娘に言いました。「ごめんよ、娘や。お前の手を差し出さないと、私たちみんなが悪魔に連れて行かれてしまうんだ。」娘は「お父様、お父様の言いつけなら、どんなことでもいたします」と言いました。そして、かわいそうに、娘の両手は切り落とされてしまいました。娘がその傷口に涙をぽろぽろこぼすと、そこが清められて、悪魔はやっぱり娘に触ることができませんでした。「ふん、もういい!」悪魔は諦めて去っていきました。
でも、娘は「お父様、お母様、私はもうここにはいられません。私のせいでご迷惑をおかけしました」と言って、家を出ていきました。夜になると、どこからか優しい天使が現れて、娘を安全な場所に導き、食べるものを世話してくれました。
ある日、娘は立派なお城の庭に迷い込みました。庭には美味しそうな洋梨がたくさんなっていましたが、手がないので取れません。お腹はペコペコです。するとまた天使が現れて、そっと木の枝を曲げてくれ、娘は口で洋梨をもいで食べることができました。
庭師がそれを見て王様に知らせました。王様は美しい娘に会い、その優しさとけなげさに心を打たれました。「あなたの手は私が作ってあげよう」と、王様は銀でできた素晴らしい手を作らせ、娘をお妃として迎えました。
一年ほどして、王様は遠い国へ戦いに行かなければならなくなりました。王様が出かけている間に、お妃は元気な男の子を産みました。王様のお母さん、つまりおばあ様は大喜びで、王様に「可愛い王子様がお生まれになりましたよ!」と手紙を書きました。
ところが、この手紙を運んだ家来が、実は悪魔の手下だったのです。家来は手紙をこっそり書き換えて、「お妃様は恐ろしい化け物を産みました」としてしまいました。王様は手紙を読んでびっくりしましたが、「それでもお妃と赤ん坊を大切にするように」と返事を書きました。しかし、悪い家来はまたその返事も書き換え、「お妃と赤ん坊を城から追い出せ」というひどい内容にしてしまったのです。
おばあ様は偽の手紙を読んで、悲しくて泣きました。でも、王様の命令なので仕方なく、お妃と赤ちゃんを森の奥へ逃がしました。森の中で途方に暮れていると、またあの優しい天使が現れ、小さな可愛いおうちに案内してくれました。戸口には「心の清い人はどなたでも、ご自由にお入りください」と書かれた札がありました。
お妃はそこで七年間、天使に守られて静かに暮らしました。その間に、神様のお恵みで、お妃の本当の手が元通りに生えてきたのです!息子も元気に育ちました。
一方、戦争から帰ってきた王様は、お妃と子供がいないことを知って、大変驚きました。そして、悪い家来の嘘がわかると、深く悲しみ、七年間、お妃と子供を探して国中を旅しました。
とうとう、王様は森の奥の小さなおうちを見つけました。天使が王様を招き入れました。中には、すっかり美しくなったお妃と、りっぱに成長した王子がいました。お妃は自分の手が元通りになったこと、そして王様と再会できたことを心から喜びました。
王様は二人を抱きしめ、涙を流して喜びました。そして三人で手を取り合って、お城へ帰り、それからずっと幸せに暮らしたということです。めでたし、めでたし。
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