ガチョウ番の娘
グリム童話
さあ、これからお話しするのは、ある国の可愛らしいお姫様と、そのお姫様に起こったちょっぴり不思議で、ちょっぴり大変だった出来事のお話です。
その昔、あるところに、年老いた女王様と、それはそれは美しい一人娘のお姫様がいました。お姫様は遠い国の王子様と結婚することになり、旅立ちの日がやってきました。女王様は、お姫様にたくさんの宝物と一緒に、特別な馬を一頭あたえました。その馬の名前はファラダ。なんと、ファラダは人間の言葉を話すことができる賢い馬だったのです。そして、女王様は自分の指を小さく切って、白いハンカチに三滴の血を染み込ませ、「これがお前を守ってくれるでしょう」と言ってお姫様に渡しました。
お姫様は、おつきの侍女と一緒に旅に出ました。しばらく行くと、お姫様はのどが渇きました。「お願い、小川の水を汲んできてくれない?」と侍女に頼みました。すると侍女は、「いやですわ。ご自分でどうぞ」と冷たく言いました。お姫様は仕方なく馬から降りて、小川の水を飲みました。その時、女王様からもらった血の染み込んだハンカチが、するりと川に落ちて流れていってしまいました。お姫様はとても悲しみましたが、侍女はそれを見てニヤリと笑うだけでした。
ハンカチをなくしてからというもの、侍女の態度はますます大きくなりました。とうとう侍女は、「さあ、あなたの服と私の服を取り替えましょう!馬も取り替えるのよ!もし王子様の国に着いて、本当のことを言ったら、あなたの命はないと思いなさい!」とお姫様を脅しました。可哀想なお姫様は、逆らうことができませんでした。
王子様の国に着くと、侍女は自分が本物のお姫様だと言い張り、お姫様はただの侍女として扱われました。偽物のお姫様は王子様と婚約し、本物のお姫様は、「お前にはガチョウの世話でもさせておけ」と、ガチョウ番の仕事をさせられることになりました。
偽物のお姫様は、ファラダが本当のことを話すのではないかと心配でたまりません。そこで王様に、「あの馬は道中とても乱暴だったので、首をはねてください」と頼みました。本物のお姫様はそれを聞いて、泣きながら馬殺しの人に頼みました。「どうか、ファラダの首を、あの暗い門の下に釘で打ち付けてください。毎日そこを通る時に、ファラダに会えるように」と。馬殺しの人は、お姫様を気の毒に思い、その通りにしてくれました。
次の朝、お姫様がガチョウを連れて門の下を通ると、壁に打ち付けられたファラダの首が言いました。
「ああ、お姫様、あなたがここを通るのですね。もしあなたのお母様がこれを知ったら、どんなに心を痛めることでしょう」
お姫様も悲しそうに答えました。
「ああ、ファラダ、あなたがそこに吊るされているのね。もし私のお母様がこれを知ったら、どんなに心を痛めることでしょう」
お姫様は毎日、キュルドという名前のガチョウ番の男の子と一緒に、ガチョウを野原へ連れて行きました。野原に着くと、お姫様は美しい金の髪をほどきました。キュルドはその髪があまりに綺麗なので、数本抜いてやろうと近づきました。するとお姫様は、小さな声で呪文を唱えました。
「風よ、風よ、吹いておいで。キュルドの帽子を吹き飛ばし、彼が追いかける間に、私の髪を梳かせておくれ」
すると、ビューッと強い風が吹いて、キュルドの帽子は遠くまで飛んでいってしまいました。キュルドが帽子を追いかけている間に、お姫様は髪を梳き終えるのでした。
毎日同じことが起こるので、キュルドはカンカンに怒って王様のところへ行きました。「王様、あの新しいガチョウ番の娘は、なんだか変です。毎朝、門の下で馬の首と話していますし、野原では風を呼んで私の帽子を吹き飛ばすんです!」
王様はそれを聞いて、次の日、こっそり様子を見ることにしました。そして、お姫様がファラダの首と話しているのも、野原で不思議な風が吹くのも、全部見てしまいました。
その夜、王様はお姫様を呼び、「お前はいったい何者なのだ?何か隠していることがあるなら、話してごらん」と言いました。
しかしお姫様は、侍女との約束を破ることができず、「私は誰にも自分の悲しみを打ち明けることはできません。鉄のストーブになら話せるかもしれませんが」と泣きながら言いました。
そこで王様は、「よろしい。では、あの部屋の大きな鉄のストーブに入って、誰にも聞かれないように話してごらん」と言いました。そして王様自身は、ストーブの煙突のそばに隠れて、お姫様の話を全部聞いてしまったのです。
お姫様が、自分が本当のお姫様であること、侍女にいじめられたこと、ファラダのこと、すべてを話し終えると、王様は部屋に入ってきました。そして、お姫様に王子様の服を着せ、その美しさに驚きました。
王様はすぐに王子様を呼び、本当の花嫁が誰であるかを教えました。そして大きな宴会を開き、偽物のお姫様である侍女も招待しました。侍女は何も知らずに、本物のお姫様の隣に座りました。
食事が終わると、王様は侍女にこう尋ねました。「もし、自分の主人をだまし、ひどい目にあわせた者がいたとしたら、その者はどんな罰を受けるべきかな?」
侍女は得意そうに答えました。「そんな悪いやつは、裸にして釘をたくさん打ち付けた樽に入れ、二頭の馬に引かせて、死ぬまで町中を引きずり回すべきですわ!」
「お前がその者だ!」と王様が言いました。「お前は自分で自分の罰を決めたのだ!」
そして、悪い侍女は、自分が言った通りの、それはそれは恐ろしい罰を受けました。
その後、本物のお姫様は、心優しい王子様と結婚し、いつまでもいつまでも幸せに暮らしましたとさ。
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