• 幸運なペール

    アンデルセン童話
    むかしむかし、という始まりじゃないお話だよ。

    あるところに、ピールという名前の男の子がいました。ピールが生まれたとき、なんだか特別な、うすーい膜に顔がつつまれていたんだって。それを見た周りの大人たちは「おお、これは幸運のしるしだ!この子はきっと幸せになるぞ!」と大喜びしました。だからみんな、ピールのことを「幸運のピール」と呼んだんだ。

    ピールのおうちはあまりお金持ちではなかったけれど、お父さんもお母さんもピールをとっても可愛がって、毎日楽しく暮らしていたよ。ピールは賢くて、優しい子に育ったんだ。

    ある日、ピールはもっといろんなことを学ぶために、遠くの大きな街へ行くことになった。そこにはお金持ちで立派な、あるお屋敷があって、ピールはそのお屋敷でお世話になりながら、歌や楽器、それからたくさんの学問を教えてもらうことになったんだ。

    ピールは特に歌が上手でね、その声はまるで小鳥がさえずるみたいに美しくて、聞いている人はみんなうっとりしちゃうほどだった。お屋敷には、とっても可愛らしいお嬢さんがいて、ピールはそのお嬢さんのことがだんだん好きになっていったんだ。お嬢さんも、ピールの優しいところや、素敵な歌声が大好きだった。

    やがてピールは、その素晴らしい歌声で、街で一番のオペラ歌手になった。大きな劇場はいつもお客さんでいっぱいで、ピールが歌い終わると、嵐みたいな拍手が鳴り響いた。「幸運のピールだ!」ってみんなが褒めたたえた。

    でもね、だんだんピールは、自分が一番えらいんだって思うようになってきちゃった。昔のことや、お世話になった人たちのこと、そして大好きだったお嬢さんのことも、忙しさの中で忘れそうになっていたんだ。

    そんなある時、あれほど自慢だったピールの美しい声が、だんだん出にくくなってしまった。お客さんも少しずつ減っていって、ピールはとても心細くなった。「どうしてだろう?僕は幸運のピールのはずなのに」

    ピールはしょんぼりして、昔のことを思い出した。貧しくても楽しかった家族との時間、一生懸命歌を練習したこと、そしてお嬢さんの優しい笑顔。その時、ピールはハッとしたんだ。「本当の幸せって、お金や人気だけじゃないのかもしれない。大切なのは、優しい心や、誰かを思う気持ちなんだ」って。

    ピールは故郷に帰ることにした。そして、昔のように、畑を耕したり、小さな歌を口ずさんだりして、静かに暮らし始めた。派手な暮らしじゃなかったけれど、ピールの心はとっても穏やかだった。

    そこでピールは、本当の「幸運」っていうのは、キラキラした舞台の上だけにあるんじゃなくて、毎日を大切に、心を込めて生きることの中にもあるんだなって気づいたんだって。そして、ピールは心から満たされた、本当の笑顔を取り戻したんだ。もしかしたら、あの可愛らしいお嬢さんも、いつかピールに会いに来てくれたかもしれないね。

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