親指トム
グリム童話
あるところに、とても仲の良い木こりのお父さんとお母さんが住んでいました。「ねえ、おまえさん。たとえ、指みたいにちっちゃくてもいいから、赤ちゃんがほしいねえ。」「そうだねえ。」ふたりはいつもそう話していました。
すると、ある日、ふたりの願いがかなって、元気な男の子が生まれました。でも、びっくり! 赤ちゃんは、お父さんの親指くらいの大きさしかありません。だから、みんなは彼を「親指トム」と呼びました。トムは体が小さくても、とてもかしこくて元気な子でした。
ある日、お父さんが森へ木を切りに行くことになりました。「トム、おまえは小さいから留守番しておいで。」お父さんは言いました。でもトムは、「大丈夫だよ、お父さん! 僕が馬をちゃんと連れて行くよ。馬さんの耳の中に入って、右、左って教えてあげるんだ!」と言いました。
お父さんはびっくりしましたが、トムに任せてみることにしました。トムはひょいと馬の耳に入り、「さあ、進め! 右だよ! 左だよ!」と元気よく声をかけます。馬はちゃんとトムの言うことを聞いて、森へ向かいました。
森の道で、ふたりの見知らぬ男がこれを見て、とても驚きました。「なんだ、あの小さな声は? 馬が自分で歩いているみたいだ!」男たちはトムを見つけると、「おじさん、その小さい子をわたしたちに売ってくれないか? たくさんお金をあげるよ。」と言いました。
お父さんは「とんでもない! 大事な息子だ」と断りましたが、トムがお父さんの耳元でささやきました。「お父さん、大丈夫だよ。お金をもらって。僕はすぐに戻ってくるから。」
お父さんは心配でしたが、トムを信じて、男たちにお金をたくさんもらってトムを渡しました。
男たちはトムを帽子のふちに乗せて歩き出しました。しばらく行くと、トムは「おーい、ちょっと降ろしてくれよ。おしっこしたいんだ。」と言いました。男たちがトムを地面に降ろすと、トムはすばやくネズミの穴に隠れてしまいました。「やーい、ここだよ!」トムの声は聞こえますが、姿は見えません。男たちは怒りましたが、小さいトムを見つけられず、あきらめて行ってしまいました。
夜になり、トムは穴から出ましたが、家までの道がわかりません。そこへ、こそこそと話しながら歩いてくるどろぼうたちが通りかかりました。「なあ、牧師さんの家はお金持ちだから、ごちそうがたくさんあるぞ。」
トムは「僕も連れてってよ! 小さいから、鍵穴からでも忍び込めるよ」と言いました。どろぼうたちは「そりゃいい!」と喜び、トムを連れて牧師さんの家へ向かいました。
トムは計画通り、台所の窓の隙間から家の中に入りました。でも、トムはわざと大きな声で叫びました。「どろぼうさん、何がほしいんだい? 全部持っていくかい?」
その声で、隣の部屋で寝ていたお手伝いさんが目を覚ましました。「どろぼう!」
どろぼうたちは慌てて逃げ出し、トムはひとり取り残されました。トムは急いで、納屋(なや)の干し草(ほしくさ)の中に隠れました。
朝になり、お手伝いさんが牛にえさをやりに来ました。そして、トムが隠れているとも知らず、その干し草を牛にあげてしまいました。「うわー、暗いよー!」トムは牛のお腹の中で叫びました。
牛のお腹から声がするので、お手伝いさんはびっくり。「大変! この牛、お化けに取りつかれた!」大騒ぎになり、結局、その牛は殺されてしまいました。トムが入ったままの胃袋(いぶくろ)は、ポイとゴミの山に捨てられました。
そこへ、お腹を空かせたオオカミがやってきました。オオカミは、牛の胃袋をペロリと丸呑みにしてしまいました。「やれやれ、今度はオオカミのお腹の中か。でも、これなら家に帰れるぞ!」トムは名案を思いつきました。
トムはオオカミのお腹の中から話しかけました。「オオカミさん、僕の家に行くと、おいしいものがたーくさんあるよ! こっちだよ、こっち!」
オオカミは食べ物につられて、トムの言う通りに歩き、とうとうトムの家に着きました。
トムは家の中にいるお父さんとお母さんに聞こえるように、大声で叫びました。「お父さん、お母さん! 僕だよ、トムだよ! オオカミのお腹の中にいるんだ! 今だ、やっつけて!」
お父さんは斧(おの)を持って飛び出し、お母さんは大きなナイフを持って、オオカミをやっつけました。そして、お腹の中から、元気なトムを助け出しました。
「トム! 無事だったか!」お父さんもお母さんも、涙を流して喜びました。
「心配かけてごめんね。もうどこへも行かないよ。」トムはそう言って、お父さんとお母さんと、いつまでも仲良く暮らしましたとさ。
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