奇妙な音楽家
グリム童話
あるところに、ちょっぴり変わった音楽家がいました。彼はバイオリンをそれはそれは上手に弾きましたが、たった一人で森を歩きながら思いました。「ああ、だれか僕の音楽を本当にわかってくれる友達がほしいなあ。でも、人間のお友達はなかなか見つからないし…そうだ!森の動物たちならどうだろう?」
音楽家はそう思うと、バイオリンを肩にあて、ギーコギーコと楽しいメロディーを奏で始めました。
すると、茂みの中からガサガサと音がして、一匹のオオカミが顔を出しました。「ほう、なかなかいい音色じゃないか。何を弾いているんだい?」
音楽家はにっこり。「やあ、オオカミくん。音楽を習いたいのかい?簡単だよ。ほら、あそこの大きな古い木を見てごらん。木の幹にちょうどいい穴が開いているだろう?あそこに前足を入れてごらん。そうすれば、指使いが覚えられるからね。」
オオカミは「なるほど!」と、言われるがままに穴に前足を突っ込みました。すると音楽家は、すばやく大きな石を見つけてきて、穴の入り口にぐいっと押し込み、オオカミの前足を挟んでしまいました。「これでよし!しばらくそこで練習していてね!」オオカミは「うわっ!だまされた!」と叫びましたが、もう遅いのでした。
音楽家はまた歩き出し、別の場所でバイオリンを弾き始めました。今度は、ヒョコヒョコと一匹のキツネが現れました。「おや、素敵な音楽だね。僕にも教えてくれないかい?」
「もちろんさ、キツネくん」と音楽家。「音楽はね、体をしなやかにすることも大事なんだ。あそこに二本の若い木が並んでいるだろう?あの木の間に立って、一本ずつに前足をかけてごらん。そして、僕が合図するまでそのまま待つんだよ。」
キツネは言われた通りにしました。音楽家はキツネの両方の前足を、それぞれの若い木に蔓でそっと結びつけました。そして、ぐいっと若い木を反対側に引っ張ってから手を離すと、木はびゅんとしなって元に戻り、キツネは両足を縛られたまま宙ぶらりんになってしまいました。「さあ、これで練習だ!体が伸びていいだろう?」キツネは「こんなの聞いてないよー!」とジタバタしました。
音楽家はまたまた歩き出し、今度はもっと陽気な曲を弾きました。すると、ぴょんぴょんと一匹のウサギがやってきました。「わあ、楽しそうな音楽!僕も仲間に入れて!」
「いいとも、ウサギちゃん」と音楽家。「君はすばしっこいから、きっと上手になるよ。首にこの紐を結んで、あそこの木の周りをぐるぐる20回ほど回ってごらん。リズム感が身につくよ。」
ウサギは喜んで、音楽家が差し出した紐を首に巻いてもらい、言われた通り木の周りを走り始めました。でも、音楽家は紐のもう一方の端を、こっそりその木に結びつけていたのです。ウサギが数回まわると、紐はどんどん短くなり、とうとうウサギは木の幹にぴたっとくっついて動けなくなってしまいました。「あれれ?おかしいなあ?」ウサギは首をかしげました。
その頃、オオカミは通りかかった小鳥に助けを求め、石をどかしてもらってやっと自由になりました。「あの音楽家め、覚えてろ!」
キツネは必死に蔓を噛み切り、地面に降り立ちました。「ひどい目にあった!追いかけてやる!」
ウサギも自分で紐を噛み切って、ぷんぷん怒っていました。「もう許さないんだから!」
三匹の動物たちは、音楽家を追いかけ始めました。音楽家は後ろから聞こえる怒った動物たちの声に気づき、慌てて逃げ出しました。
「わー、助けて!」
音楽家は必死で走り、森のはずれにある一軒の小さな家を見つけました。ドアを叩くと、中から木こりのおじさんが出てきました。
「木こりさん、助けてください!動物たちが追いかけてくるんです!」
木こりのおじさんは、手に持っていた斧を構え、家の前に立ちました。
「おやおや、どうしたというんだね?」
そこへ、オオカミ、キツネ、ウサギが息を切らしてやってきましたが、斧を持った木こりのおじさんを見てびっくり。すごすごと森の奥へ逃げて帰ってしまいました。
音楽家はほっとして、木こりのおじさんにお礼を言いました。
「ありがとう、助かりました。」
「いやいや。ところで、君は音楽家なんだろう?よかったら一曲聞かせてくれないかね。」
音楽家は喜んでバイオリンを取り出すと、木こりのおじさんのために心を込めて演奏しました。木こりのおじさんは、目を細めてじっと聴き入り、演奏が終わるとにっこり笑って言いました。
「おお、なんて素敵な音色だ。心が洗われるようだ。」
音楽家は、初めて自分の音楽を心から楽しんでくれる人に出会えた気がして、とても嬉しくなりました。そして、その日は木こりのおじさんの家で、温かいスープをごちそうになったということです。
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