• 引っ越し

    アンデルセン童話
    海のずっとずっと深いところ、そこにはきれいな人魚のお城がありました。人魚の王様には、六人の美しいお姫様がいました。中でも一番下のお姫様は、それはそれは可愛らしく、そして何よりも人間の世界に憧れていました。おばあさまから陸の上の話を聞くのが大好きでした。

    「十五歳になったら、海の上へ行ってもいいのですよ」とおばあさまは言いました。

    とうとう末のお姫様の番です。わくわくしながら海の上へ昇っていくと、大きな船が浮かんでいました。船の上では、素敵な王子様がお誕生日のお祝いをしています。お姫様はうっとりと王子様を見つめました。

    そのときです。突然、空が暗くなり、ものすごい嵐がやってきました。大きな波が船を襲い、船はこなごなに壊れてしまいました。王子様は海に投げ出されてしまいます。
    「大変!」
    お姫様は気を失った王子様を抱きかかえ、必死に泳いで岸辺まで運びました。

    夜が明け、お姫様が王子様のそばにいると、近くの建物から一人の若い娘さんが出てきて、倒れている王子様を見つけました。お姫様はびっくりして、急いで海の中に隠れました。王子様は、その娘さんに助けられたと思ったのです。お姫様は悲しくなって、海のお城へ帰りました。

    でも、王子様のことが忘れられません。「人間になりたい。王子様のそばにいたい。」お姫様の願いは募るばかりです。
    とうとう、お姫様は恐ろしい海の魔女のところへ行きました。
    「人間にしてほしいの?いいよ。でも、ただではだめさ。おまえの一番きれいな声を私におくれ。そうしたら、人間の足をやろう。ただし、その足で歩くたびに、まるでナイフの上を歩くように痛むだろうよ。それに、もし王子様が他の人と結婚したら、おまえは海の泡になって消えてしまうんだ。それでもいいのかい?」
    お姫様はこわかったけれど、王子様に会いたい一心で、こっくりと頷きました。

    魔女からもらった薬を飲むと、お姫様は気を失いました。気がつくと、そこは砂浜の上。美しい人間の足がついていましたが、声は出なくなっていました。
    ちょうどそこへ、王子様が通りかかりました。王子様は美しいお姫様を見つけ、お城へ連れて帰りました。
    お姫様は声が出せないので、話すことはできません。でも、足がとても痛むのを我慢して、王子様のためにそれはそれは美しく踊りました。王子様はお姫様をとても可愛がり、いつもそばに置きましたが、結婚相手とは考えていませんでした。

    ある日、王子様は隣の国のお姫様と結婚することになりました。そのお姫様こそ、岸辺で王子様を助けたと王子様が思っている、あの娘さんだったのです。
    結婚式の船の上で、お姫様は悲しみで胸がいっぱいでした。もうすぐ自分は海の泡になってしまうのです。

    そのとき、海からお姉さんたちが顔を出しました。お姉さんたちの美しい髪は短く切られています。
    「私たちの髪を魔女にあげて、これをもらってきたの!」
    お姉さんたちは、一本のナイフをお姫様に渡しました。
    「このナイフで王子様の胸を刺すのよ。そうすれば、あなたは人魚に戻れるわ!」
    お姫様はナイフを手に取り、眠っている王子様の寝室へ行きました。でも、優しい王子様の顔を見ると、どうしても刺すことができません。

    お姫様はナイフを海に投げ捨て、自分も海に飛び込みました。
    すると、どうでしょう。お姫様の体は泡になって消えるかわりに、ふわりと空へ昇っていくではありませんか。
    「あなたは優しい心を持っていたから、私たち空気の精の仲間入りよ」
    優しい声が聞こえました。
    「私たちと一緒に、人々のために良いことをすれば、いつかきっと、永遠の魂をもらうことができるのよ」
    お姫様は、太陽の光の中で、新しく出会った空気の精たちと一緒に、静かに微笑んでいました。そして、いつか王子様にも、そして世界中の子供たちにも、幸せが訪れるようにと願うのでした。

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