ペンとインク壺
アンデルセン童話
静かなお部屋の、大きな机の上でのお話です。そこには、一本のペンと、インクがたくさん入ったインク壺が置いてありました。
ある日、ペンがインク壺に向かって、ちょっと得意そうに言いました。
「ねえ、インク壺くん。ぼくって本当にすごいと思わない? 詩人さんが書く素敵な物語や詩は、全部ぼくのおかげなんだよ! ぼくが紙の上をすいすい走るから、あんなに美しい言葉が生まれるんだ。」
インク壺は静かに答えました。
「うーん、そうかなあ。ぼくはただ、詩人さんにインクをあげているだけだよ。詩人さんの頭の中に素晴らしいお話があるから、それが形になるんじゃないかな。」
「ちがうよ!」とペンは少しむっとしました。「ぼくがいなければ、詩人さんの考えもただの考えのままだ。ぼくがそれを紙に書き出すから、みんなが読めるようになるんだ。君はただ、黒い水たまりみたいなものじゃないか。」
インク壺は何も言わず、じっと黙っていました。
ちょうどその時、詩人さんが部屋に入ってきました。詩人さんは机に向かうと、まずペンを手に取り、それからインク壺にペン先をちょんっとつけました。
そして、何かを深く考えながら、ゆっくりと紙の上にペンを走らせ始めました。
ペンは、詩人さんの指に導かれるまま、紙の上を滑っていきます。
美しい詩、心温まるお話、わくわくする冒険の物語。次から次へと、言葉が生まれては紙の上に記されていきました。
書き終えた詩人さんは満足そうに頷き、ペンを置きました。
ペンは、さっきまでの得意な気持ちがどこかへ消えていくのを感じました。
(あれ? ぼくはただ詩人さんの手に握られていただけだ。詩人さんの頭の中から、あんなに素敵な言葉がたくさんあふれ出てきて、ぼくはそれを紙に写していただけなんだ…。)
インク壺も、ペンに優しく言いました。
「ほらね。詩人さんの心の中にあるものが一番大切なんだよ。そして、ぼくのインクがなければ、君も書けないだろう?」
ペンは少し恥ずかしそうに言いました。
「うん、そうだね。インク壺くんのインクがあって、詩人さんの素晴らしいお話があって、そしてぼくがそれを書く。みんなで一緒に作品を作っているんだね。」
それからというもの、ペンとインク壺は、自分たちが詩人さんの大切なお手伝いをしていることを誇りに思い、仲良く詩人さんのために働きました。そして、たくさんの素晴らしい物語や詩が、二人の協力によって生まれていったのでした。
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