• 雪の女王

    アンデルセン童話
    空のずーっと上の方で、ある日、たいへんなことが起こりました。
    いたずら好きの悪魔が、おもしろ半分で作った魔法の鏡。それはね、良いものを悪く、美しいものをみにくく映してしまう、へんてこな鏡だったんです。
    悪魔とその手下たちは、その鏡を持って空を飛び回り、神さまや天使たちまでみにくく映そうとしました。でも、高く高く昇っていくうちに、鏡はブルブルと震えだし、とうとう悪魔の手から滑り落ちてしまいました!
    「わーっ!」
    鏡は地面に叩きつけられて、こなごな。何億、何兆という小さな小さなかけらになって、世界中に飛び散ってしまったのです。
    そのかけらが目に入ると、なんでも悪く見えてしまう。心臓に刺さると、心が氷のように冷たくなってしまう、こわいこわいかけらでした。

    さて、大きな町に、カイという男の子と、ゲルダという女の子が住んでいました。二人はお隣さんで、屋根裏部屋の窓と窓が向かい合っていました。窓の外には、それぞれが植えたバラの鉢植えがあって、まるで一つの美しいバラの庭のようでした。
    カイとゲルダは、まるで兄妹みたいに大の仲良し。夏はバラの木の下で遊び、冬はストーブのそばでおばあさんのお話を聞くのが大好きでした。

    ある寒い冬の日、雪がしんしんと降っていました。
    カイが窓の外を見ていると、おばあさんが言いました。
    「ごらん、雪の女王さまのミツバチが飛んでいるよ」
    「ミツバチ? 雪なのに?」カイはびっくり。
    「そうさ。雪のひらひら一枚一枚が、女王さまのミツバチなんだ。そして、一番大きくてきれいな雪のひとかたまりが、雪の女王さまご本人さ」
    そのとき、窓ガラスに大きな雪の結晶がくっつきました。それはそれは美しく、まるで氷の花のようでした。
    カイがそれに見とれていると、突然、チクッ!
    「いたっ!」
    カイは叫びました。あの悪魔の鏡の小さなかけらが、一つはカイの目に、もう一つはカイの心臓に刺さってしまったのです。

    それからというもの、カイはすっかり変わってしまいました。
    ゲルダが大切にしている絵本を「こんなの、つまんないや!」と破いたり、きれいなバラの花を見て「なんだ、虫食いだらけじゃないか」とけなしたり。
    優しかったカイは、意地悪で冷たい男の子になってしまったのです。ゲルダは悲しくてたまりませんでした。

    ある冬の日、広場で子どもたちがソリ遊びをしていました。カイも自分のソリを持ってやってきました。
    そこへ、真っ白な大きなソリが、シューッと滑ってきました。ソリを引いているのは、真っ白な馬。そして、ソリに乗っていたのは、雪のように白くて美しい、でも氷のように冷たそうな女の人でした。雪の女王です。
    雪の女王は、カイににっこり微笑みかけました。
    「坊や、私のソリに乗らないかい?」
    カイは、なぜか断ることができませんでした。女王の美しさに心を奪われたのかもしれません。
    カイが女王のソリに乗ると、ソリは風のように走り出しました。町を抜け、森を抜け、どんどん北へ、北へと進んでいきます。
    カイは少し怖くなりましたが、雪の女王がカイの額に冷たいキスをすると、寒さも怖さも忘れてしまいました。そして、ゲルダのことも、おばあさんのことも、みんな忘れてしまったのです。
    雪の女王は、カイを自分の氷のお城へ連れて行ってしまいました。

    ゲルダは、カイがいなくなってしまって、毎日泣いて暮らしました。
    春になり、太陽が暖かくなっても、カイは帰ってきません。
    「カイはきっと、どこかで生きているわ。私、カイを探しに行く!」
    ゲルダはたった一人で、カイを探す旅に出ることにしました。

    まずゲルダは、川のそばに行きました。
    「川さん、川さん、カイを見かけませんでしたか?」
    川は何も答えません。ゲルダは、大切にしていた赤い靴を川に投げ入れました。
    「この靴をあげるから、カイを返して!」
    すると、小さなボートが岸に近づいてきました。ゲルダはそれに乗って、川を下っていくことにしました。

    ボートが着いたのは、きれいな花がたくさん咲いている、不思議な庭でした。そこには、魔法使いのおばあさんが住んでいました。
    おばあさんは、ゲルダがかわいそうに思えて、自分のところにずっといさせようとしました。魔法の櫛でゲルダの髪をとかすと、ゲルダはカイのことや家のことをすっかり忘れてしまいました。
    毎日、お庭で花と遊び、おばあさんと楽しく暮らしました。
    でも、ある日、ゲルダは庭の隅に咲いているバラを見つけました。
    「あっ、バラだわ! カイと一緒に育てたバラ…そうだ、私、カイを探しに来たんだった!」
    ゲルダは全部思い出しました。おばあさんに泣きながらお別れを言って、また旅を続けました。

    次にゲルダが出会ったのは、一羽のカラスでした。
    カラスはとてもおしゃべりで、親切でした。ゲルダがカイを探していると話すと、
    「もしかしたら、うちの王女さまのお婿さんになった男の子かもしれないよ。賢くて、ハンサムなんだ」
    と教えてくれました。
    ゲルダはカラスに案内されて、お城へ行きました。でも、そこにいたのはカイではありませんでした。王女さまと王子さまは、ゲルダの話を聞いてとても気の毒に思い、暖かい服や金の馬車をくれました。

    金の馬車に乗って旅を続けていると、今度は山賊たちに襲われてしまいました!
    ゲルダは捕まって、山賊の娘の遊び相手にさせられました。山賊の娘は、最初は乱暴で怖かったけれど、本当は寂しがり屋の女の子でした。ゲルダのカイを探す話を聞いて、だんだん心が動かされます。
    山賊の娘は、自分が飼っていたトナカイの背中にゲルダを乗せ、
    「このトナカイは、雪の女王の国を知っているよ。さあ、早くお行き!」
    と、ゲルダを逃がしてくれました。

    トナカイは、ゲルダを乗せて雪と氷の世界をびゅんびゅん走ります。
    途中で、ラップランドのおばあさんの小屋や、フィンランドのおばあさんの小屋に立ち寄りました。
    フィンランドのおばあさんは、ゲルダに言いました。
    「雪の女王の力は強い。でも、おまえさんの純粋な心と、カイを思う強い気持ちがあれば、きっと勝てるはずだよ。特別な力なんていらない。おまえさんの愛が一番の武器さ」
    ゲルダは勇気をもらって、いよいよ雪の女王のお城へ向かいました。

    雪の女王のお城は、ぜーんぶ氷でできていて、寒くて広くて、しいんとしていました。
    広間の真ん中には、凍った湖があり、その上でカイが氷のかけらでパズルをしていました。
    カイの顔は青白く、心も体もカチコチに凍りついていました。雪の女王の冷たいキスで、何も感じなくなっていたのです。
    「カイ!」
    ゲルダは叫びました。でも、カイはゲルダのことさえ分かりません。
    ゲルダはカイに駆け寄り、抱きしめて泣きました。温かい涙が、ぽたぽたとカイの胸に落ちました。
    すると、どうでしょう! ゲルダの愛のこもった涙が、カイの心臓に刺さっていた鏡のかけらを溶かしたのです。
    カイの目からも、涙と一緒に鏡のかけらが流れ落ちました。
    「ゲルダ!」
    カイはゲルダを見て、やっとゲルダだと分かりました。二人は抱き合って喜びました。
    カイの心は温かさを取り戻し、凍っていた体も溶けていきました。

    カイとゲルダが手を取り合って外に出ようとすると、雪の女王が帰ってきました。
    でも、もう大丈夫。二人の温かい愛の前では、雪の女王の冷たい力もかないません。
    二人は、助けてくれたトナカイや山賊の娘、王女さまやカラスくん、みんなに感謝しながら、自分たちの町へと帰っていきました。

    町に帰ると、季節はすっかり夏になっていて、バラの花が美しく咲き誇っていました。
    カイとゲルダは、前よりももっともっと仲良しになりました。
    そして、二人はいつまでも、あの悪魔の鏡のかけらなんかに負けない、温かくて優しい心を持ち続けましたとさ。
    おしまい。

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