火打ち箱
アンデルセン童話
戦争が終わって、一人の兵隊さんがテクテク、故郷に向かって歩いていました。背中にはリュックサック、腰には剣をさしています。お金はあんまり持っていませんでしたが、元気だけはありました。
道の途中で、奇妙な姿のおばあさんに出会いました。下唇がだらんと垂れ下がった、ちょっと怖い顔のおばあさんです。
「こんにちは、兵隊さん。立派な剣をお持ちだね。リュックも大きいし。これからお金持ちになりたくないかい?」
兵隊さんは「そりゃあ、なりたいけど、どうやって?」と聞きました。
「あの大きな古い木が見えるだろう?あのてっぺんまで登って、中に入ると、下に降りられる穴があるんだ。私が君の腰にロープを結んであげるから、下まで降りてごらん。」
「木の中に何があるんだい?」
「お金さ!穴の底には広い廊下があってね、そこには三つの部屋がある。一つ目の部屋の真ん中には大きな箱があって、その上に犬が一匹座っている。その犬の目は、ティーカップくらい大きいんだ。でも心配いらないよ。私のこの青いチェックのエプロンを広げて、その上に犬を乗せれば、何もしないから。箱を開ければ、銅貨がたくさん入っている。それが欲しければ持っていくがいい。」
「二つ目の部屋には、水車くらい大きな目の犬がいて、銀貨の入った箱を守っている。三つ目の部屋には、それはそれは大きな、まるで丸い塔みたいな目の犬がいて、金貨の箱を守っているのさ。でも、どいつもこいつも、私のエプロンに乗せれば大人しくなるよ。」
「それはすごい!でも、おばあさんは僕に何をしてほしいんだい?」
「私はお金はいらないんだ。ただ、私のひいおばあさんが昔その木の中に忘れてきた、古い火打ち箱を持ってきてほしいだけさ。」
「わかったよ!」兵隊さんはおばあさんにロープを結んでもらい、木の穴にスルスルと降りていきました。
言われた通り、そこは明るい廊下で、三つの扉がありました。
一つ目の扉を開けると、いました!ティーカップみたいな目の犬が、銅貨の箱の上に乗っています。兵隊さんはおばあさんのエプロンを広げ、犬をそっと乗せると、犬はおとなしくなりました。兵隊さんはポケットというポケットに銅貨を詰め込みました。
二つ目の部屋では、水車みたいな目の犬が銀貨を守っていました。兵隊さんは銅貨を捨てて、今度は銀貨を詰め込みました。
三つ目の部屋では、丸い塔みたいな目の犬が金貨を守っていました。兵隊さんは銀貨を全部捨てて、リュックサックにもポケットにも、帽子の中にまで金貨をパンパンに詰め込みました。
「さてと、火打ち箱はどこかな?」兵隊さんは火打ち箱も見つけて、ポケットに入れました。
「おーい、おばあさん!引き上げてくれー!」
「火打ち箱は持ったかい?」
「持ったよ!」
おばあさんが兵隊さんを引き上げ始めました。地上に出る直前、兵隊さんは聞きました。
「ねえ、おばあさん。この火打ち箱で何をするつもりなんだい?」
「お前には関係ないことさ!」とおばあさんは怒ったように言いました。
兵隊さんは、おばあさんが何かよからぬことを考えていると感じました。だから、火打ち箱を渡したくなくなりました。「教えてくれないなら、火打ち箱は渡さないぞ!」
おばあさんはカンカンに怒りましたが、兵隊さんは剣を抜いて、おばあさんをやっつけてしまいました。そして、金貨と火打ち箱を持って、町へ向かいました。
町に着くと、兵隊さんは一番立派な宿屋に泊まり、一番おいしいものを食べ、一番良い服を買いました。お金がたくさんあるので、友達もたくさんできました。毎日パーティーをして、楽しく暮らしました。
でも、お金はいつかなくなってしまいます。兵隊さんはだんだん貧乏になり、最後には屋根裏の小さな部屋に引っ越すしかなくなりました。友達も誰も訪ねてきません。
ある寒い夜、兵隊さんはロウソクを買うお金もないことに気づきました。「そうだ、あの火打ち箱があったじゃないか!」
火打ち箱から火口を取り出し、火打ち石でカチッと火花を出すと、不思議なことが起こりました。
目の前に、あの木の中にいた、ティーカップみたいな目の犬が現れたのです!
「ご主人様、何なりとご命令を。」
「すごい!それなら、お金を持ってきておくれ!」
犬はあっという間に消え、すぐに銅貨の袋をくわえて戻ってきました。
兵隊さんはびっくり。火打ち箱をもう一度カチカチッと二回鳴らすと、今度は水車みたいな目の犬が現れ、銀貨を持ってきました。三回カチカチカチッと鳴らすと、丸い塔みたいな目の犬が金貨をどっさり持ってきました。
兵隊さんはまたお金持ちになりました!
ある日、兵隊さんは町で一番美しいお姫様の噂を聞きました。でも、お姫様は「いつか身分の低い兵隊と結婚する」と予言されたため、お城の奥深くに閉じ込められていて、誰も姿を見ることができないというのです。
「一度でいいから、お姫様を見てみたいなあ。」
兵隊さんはティーカップの目の犬を呼び出し、「お姫様をここに連れてきておくれ」と頼みました。
犬はあっという間にお城へ行き、眠っているお姫様を背中に乗せて、兵隊さんの部屋へ連れてきました。お姫様は本当に美しく、兵隊さんはそっとキスをしました。犬はお姫様をお城へ返しました。
次の日、お姫様は「昨夜、犬の背中に乗ってどこかへ行った夢を見た」と王様と王妃様に話しました。
王妃様は賢い人だったので、次の夜、お姫様の部屋に見張りをつけました。
その夜も犬がお姫様を迎えに来ると、見張りの女の人がこっそり後をつけました。犬が入っていった家のドアに、チョークで大きなバツ印をつけました。
でも、犬は賢かったのです。帰り道、町中の家のドアに同じようにバツ印をつけて回りました。だから、次の日、王様たちが探しに来ても、どの家かわかりませんでした。
王妃様は諦めません。今度は小さな袋に小麦粉を入れ、お姫様の背中に小さな穴を開けた袋を結びつけました。
その夜も犬がお姫様を連れ出すと、小麦粉が道にこぼれて跡ができました。
こうして、兵隊さんの家が見つかってしまい、兵隊さんは捕まって牢屋に入れられ、次の日には絞首刑にされることになりました。
牢屋の中で、兵隊さんはしょんぼりしていました。「ああ、火打ち箱を部屋に忘れてきてしまった…。」
窓の外を見ると、靴屋の小僧さんが楽しそうに歌いながら通りかかりました。
「もし、小僧さん!ちょっと頼みがあるんだ。僕の部屋から火打ち箱を取ってきてくれたら、銅貨をあげるよ!」
小僧さんは喜んで火打ち箱を取ってきてくれました。
いよいよ刑が執行される時が来ました。高い台の上で、兵隊さんは王様と裁判官たちに言いました。
「最後に一つだけ、お願いがあります。タバコを一本吸わせていただけませんか?」
王様はそれを許しました。
兵隊さんは火打ち箱を取り出し、カチッ、カチカチッ、カチカチカチッと三回、火を打ちました。
すると、三匹の犬たちが一度に現れました!
「ご主人様、何なりと!」
「助けてくれ!この人たちをやっつけろ!」
犬たちは王様や裁判官、兵隊たちに飛びかかり、空に放り投げたり、追いかけ回したりしました。みんな怖がって逃げてしまいました。
町の人々は「こんなにすごい犬を従えている人なら、私たちの王様にふさわしい!お姫様と結婚するべきだ!」と言いました。
こうして、兵隊さんはお姫様と結婚し、新しい王様になりました。三匹の犬たちも結婚式のごちそうの席に座って、大きな目玉をさらに大きく見開いて、二人を祝福したということです。
そして、みんな末永く幸せに暮らしましたとさ。
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