• みにくいアヒルの子

    アンデルセン童話
    静かな湖のほとり、カモのお母さんが、大事そうに卵をあたためていました。
    「もうすぐかわいい赤ちゃんたちが生まれるわ。楽しみねえ」
    お母さんガモは、わくわくしながら卵を見つめます。

    やがて、ピシッ、ピシッと音がして、卵のからがわれ始めました。
    「ピヨ、ピヨ!」
    黄色くてふわふわの、かわいいヒナたちが次々に出てきます。
    「まあ、なんてかわいいんでしょう!」
    お母さんガモは目を細めました。

    でも、一つだけ、なかなか生まれてこない大きな卵がありました。
    「あら? この卵はまだかしら?」
    お母さんガモが心配そうに見ていると、やっとその卵もピシッと音を立てました。
    そして、中から出てきたのは……あれれ?
    他のヒナたちとはちょっと違う、大きくて灰色のヒナでした。
    「ピイ、ピイ」
    そのヒナは、他の子たちより大きな声で鳴きました。

    「まあ、この子は……なんだか色が違うわねえ」
    お母さんガモは少しびっくりしましたが、「でも、私のかわいい子には変わりないわ」と、優しく羽で包んであげました。

    次の日、お母さんガモはヒナたちを連れて、水浴びの練習に出かけました。
    黄色いヒナたちは、上手に水に浮かんでスイスイ泳ぎます。
    灰色の大きなヒナも、バシャバシャと水に入りました。泳ぎはとっても上手です。
    「ほら、あの子もちゃんと泳げるじゃないの。きっと丈夫な子になるわ」
    お母さんガモは安心しました。

    でも、他のアヒルたちは、灰色のヒナを見てひそひそ話をはじめました。
    「ねえ、あの子、なんだか変じゃない?」
    「うん、大きすぎるし、色もきたない灰色だわ」
    「みにくいアヒルの子だねえ」
    ニワトリたちも、七面鳥も、みんな灰色のヒナを見て笑ったり、つっついたりしました。
    「あっちへ行け、みにくいやつ!」
    兄弟の黄色いヒナたちまで、だんだん灰色のヒナをいじめるようになりました。

    灰色のヒナは、毎日とても悲しい思いをしました。
    「どうして僕だけ、みんなと違うんだろう……」
    夜になると、こっそり泣いていました。
    お母さんガモはかばってくれましたが、いじめはなくなりません。

    とうとう、灰色のヒナは我慢できなくなって、ある晩、みんなが寝静まったころに、そっと巣を抜け出しました。
    「どこか、僕をいじめない場所があるはずだ……」
    暗い夜道を、たった一人でとぼとぼと歩いていきました。

    広い沼地に出ると、ガアガアと鳴く声が聞こえました。野生のガチョウの群れです。
    「こんにちは。僕も仲間に入れてくれませんか?」
    灰色のヒナが声をかけると、ガチョウたちはじろじろ見て言いました。
    「ふん、お前はずいぶん変わった格好をしているなあ。まあ、ここにいてもいいけど、僕たちの邪魔はするなよ」
    でも、その日の夕方、パン!パン!と大きな音がして、猟師がやってきました。
    ガチョウたちは大慌てで逃げ出し、灰色のヒナはまた一人ぼっちになってしまいました。

    次にたどり着いたのは、小さなお百姓さんの家でした。
    家の中には、おばあさんと、ニャーニャー鳴く猫と、コッコッと鳴くめんどりがいました。
    おばあさんは、灰色のヒナを見て言いました。
    「おや、迷子のヒナかい? ここにいなさい。卵を産んでくれるといいんだけどねえ」
    でも、灰色のヒナはアヒルの子なので、卵を産むことはできません。
    猫は「お前はニャーと鳴けないのかい?」と意地悪を言い、めんどりは「お前は卵も産めない役立たずだね!」と馬鹿にしました。
    ここも、灰色のヒナの居場所ではありませんでした。

    悲しくなった灰色のヒナは、また一人で旅に出ました。
    季節はだんだん寒くなり、冷たい風が吹くようになりました。
    食べ物もなかなか見つかりません。
    ある朝、灰色のヒナは寒さで凍えそうになり、小さな池のほとりで動けなくなってしまいました。
    「もうだめだ……」
    そう思ったとき、親切な農夫が見つけて、助けてくれました。
    農夫の家で少し元気になりましたが、子どもたちが騒がしく追いかけ回すので、怖くなってまた逃げ出してしまいました。

    厳しい冬の間、灰色のヒナは、葦のしげみにかくれて、じっと寒さに耐えました。
    お腹はぺこぺこ、体はぶるぶる震えましたが、なんとか生き延びました。

    そして、ようやく暖かい春がやってきました。
    太陽がぽかぽかと照り、草木は緑の芽を出し始めました。
    灰色のヒナは、久しぶりに羽を大きく広げてみました。
    すると、どうでしょう! 前よりもずっと力強く、空を飛べるようになっていたのです。
    「わあ、飛べるぞ!」
    灰色のヒナは、嬉しくなって空を飛び回りました。

    ふと下を見ると、美しい庭園の池に、真っ白で大きな鳥たちが優雅に泳いでいるのが見えました。
    それは、今まで見たこともないほど美しい鳥でした。
    「なんてきれいなんだろう……」
    灰色のヒナは、なぜかその鳥たちに強くひかれるのを感じました。
    でも、すぐに悲しい気持ちになりました。
    「僕みたいなみにくい鳥が、あんなきれいな鳥たちのところへ行ったら、またいじめられるに違いない……。でも、いっそあの鳥たちに殺された方がましだ」
    そう思いながら、池に向かって降りていきました。

    白い鳥たちは、灰色のヒナに気づくと、一斉にこちらへ泳いできました。
    「ああ、やっぱりだめだ……」
    灰色のヒナは、おびえて首をうなだれました。
    そのとき、水面に自分の姿が映っているのが見えました。
    「あれ……?」
    そこに映っていたのは、もうあの灰色の、みにくいヒナではありませんでした。
    首が長くて、羽は真っ白で、それはそれは美しい鳥の姿だったのです。
    そう、灰色のヒナは、みにくいアヒルの子ではなく、美しい白鳥の子だったのです!

    周りにいた白鳥たちは、優しく声をかけました。
    「やあ、新しい仲間だね! ようこそ!」
    「きみは、なんて美しいんだろう!」
    灰色のヒナ……いえ、もう若くて美しい白鳥は、びっくりして顔を上げました。
    今まで「みにくい」としか言われたことがなかったのに。
    「ぼ、僕が……美しい?」
    白鳥たちは、にっこり笑ってうなずきました。
    「もちろんさ! きみは僕たちと同じ、白鳥なんだよ」

    若い白鳥は、嬉しくて嬉しくて、胸がいっぱいになりました。
    長い間、つらくて悲しい思いをしてきましたが、やっと本当の仲間に出会えたのです。
    他の白鳥たちと一緒に、大きな羽を広げて空を飛び、きれいな池で優雅に泳ぎました。
    庭園に遊びに来た子どもたちが、それを見て言いました。
    「わあ、見て! 新しい白鳥がいるよ!」
    「うん、あの一番若い白鳥が、一番きれいだね!」

    みにくいアヒルの子と呼ばれていた鳥は、もうどこにもいませんでした。
    彼は、誰よりも美しい白鳥になって、幸せに暮らしましたとさ。

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